第19回大会発表概要@


題:アメリカにおけるコミューンの系譜

発表年月日:2006年9月15日

氏名:中島祥子
(昭和女子大学大学院文学研究科
英米文学専攻博士後期過程2年)


 マックレイカーとして知られる作家、アプトン・シンクレア(Upton Sinclair)は『ジャングル』(The Jungle, 1906)によって生じた印税を資金にコミューン、「ヘリコン・ホーム・コロニー」(Helicon Home Colony)を組織し、運営した経験を持つ。
 『自叙伝』(The Autobiography of Upton Sinclair, 1962)の中で「ヘリコン・ホーム・コロニー」を「参加者自身が運営するホテル」と定義していることから、彼の頭の中にあるコミューンの概念と一般に考えられているコミューンの概念とにはずれがあるように思える。シンクレアの言うコミューンの実体を明らかにするための出発点として、アメリカのコミューンを概観することが本研究発表の目的である。
 アメリカでは建国時から現在に至るまで、コミューンが次々と誕生しては解散している。非宗教的なコミューンの場合には、既存の社会に不満を抱く人びとが自らの理想とする社会、つまりユートピアの構築を目指して共同生活を始めることが多い。ロバート・オウェン(Robert Owen)の「ニュー・ハーモニー」(New Harmony)やエティエンヌ・カベー(Etienne Cabet)の「イカリア」(Icaria)などのコミューンは、指導者の著書に著された理想社会の実現を夢見てそれぞれ設立された。
 一方、宗教的なコミューンでは、聖書の無謬性(biblical inerrancy)を確認するために共同生活が始められた。聖書に重きを置く姿勢は、アメリカの植民地開拓が始められた時から今に至るまで変化していない。ジョン・ウィンスロップ(John Winthrop)がマタイによる福音書第5章14節に基づく「キリスト教徒の慈愛のひな型」('A Model of Chiristian Charity')の説教を行ったことは、植民当初のアメリカが聖書に基づく共同体として構想されたことを示している。また、この説教やその思想が歴代の大統領によって引き合いに出されることは、聖書に依拠する姿勢が現在にまで維持されていることに他ならない。宗教的土壌のほかに、コミューンが建設されやすい理由は土地の広さにある。古い伝統や因襲に縛られないフロンティアの存在は、ユートピア建設を目指す人びとには大きな魅力であった。
 国家を頼りにせず自分たちの力で理想社会を建設したり、聖書に記されていることを字義通りに解釈してその無謬性を実証しようとする資質は、多くのアメリカ人のDNAに組み込まれているように思える。こうした試みが現在も絶えることなく続いているのは、ユートピアが、その本来の意味である「どこにも無い場所」(nowhere)であることを皮肉にも実証しているといえる。シンクレアも、そうした気風を幼い頃から肌で感じ取っていて「ヘリコン・ホーム・コロニー」を造ったに違いない。だがその目的や組織構造に目を向けると、アメリカにそれまで存在した多くのコミューンとはやはり一線を画しているようである。この点を明らかにすることを今後の課題として研究を進めていきたい。




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