題:アクセントタイプと音楽リズム 発表年月日:2009年06月20日
音楽リズムは本来心臓の鼓動や歩行など生体リズムを基礎としており、本来人類に共通のリズムパターンが存在すると仮定できる。しかし世界的には多様なリズムタイプが存在し、民俗音楽にはその文化を象徴する独特のリズムが用いられる。このようなリズムバリエーションはなぜ生じるのであろうか。本発表はこのようなリズムの多様性が言語、とくにアクセントタイプによって一定の制限を受けるのではないかという仮説に基づいている。今回は強勢アクセント言語である英語と中国語、アフリカ諸語などを含む声調言語を取り上げ、それぞれの言語タイプのリズム特徴と民俗音楽におけるリズムとの関連性について考察した。氏名:榎本正嗣(玉川大学文学部比較文化学科) 英語を含むヨーロッパ言語文化では言語リズムと音楽リズムには強い関連性が見られる。これはsymphonyなど合奏に特徴的な「複数の楽器を同調させる必要性」からであると考えられる。また、この同調は詩や戯曲においても同様であり、詩は強弱リズムに強い制約を受ける。一方声調言語文化においての音楽リズムは同調性の欠如ともいえる複雑な、時には無謀なリズムを生みだす。言語的にみると、ヨーロッパ言語、特に英語を含むゲルマン語系の言語では強弱リズムが発音の基本であり、音節間に強弱の区別があり、強拍と弱拍との組み合わせである音韻脚(foot)が単位となり、強弱リズムを繰り返す。一方声調言語はリズム単位が音節であり、母音一つがリズム単位をなす比較的単調なリズムともいえる。声調言語文化に見られる音楽リズムはその単調な言語リズムに反して、京劇の自由に変化するリズムや、西アフリカのニジェール・コンゴ語族におけるポリリズムなど独特な音楽リズムが観察される。このうちブルース、ジャズなど現代アメリカ音楽の源と考えられている西アフリカリズムは独特なリズムパターンを示す。ブルース、ジャズに見られるポリリズム、シンコペーション、バックビートなどは基本的なリズムを繰り返すヨーロッパ音楽とは異質のものである。しかしこれらのアフリカンリズムはヨーロッパ文化と融合し、ジャズの初期の形態であるブラスバンドからビッグバンドに至る「合奏」音楽に変化することにより白人社会において市民権を得た。一方モダンジャズ、ビバップ、モードに至るよりアフリカ的、個人的音楽に向かったジャズは白人社会の中での地位を失った。とくにリズム的個人主義に特化したフリージャズは一時的に目新しさから注目されたがシーンから消え去るのも早かった。白人社会においてはヨーロッパ音楽の伝統に当てはまらない音楽リズムは受容されにくい。現代黒人音楽の典型であるラップ音楽は白人化したロックやリズムアンドブルースに対するアンチテーゼとして生まれたが、この音楽はアフリカ文化とヨーロッパ文化の融合のたまものである。強弱リズムの繰り返しは典型的ヨーロッパ音楽であるが、このリズムを「個人」のレベルで音楽化したものがラップといえよう。このように言語リズムは音楽に反映され、文化的アイデンティティーの表現方法のひとつともなりうる。 |