題:「不気味の谷」仮説の事後効果 ―― グラフの変更箇所と例示の検証 発表年月日:2012年06月16日
本発表では、ロボット工学者森政弘が提唱した「不気味の谷」仮説のグラフの改変例と該当事例を取り上げ、森仮説の受容過程にみられる問題や、身体表象が惹起する「不気味」の概念について考察した。以下がその概要である。氏名:内田均(横浜美術大学) 森が提示した2種類のグラフは、経験知に基づく視覚的イメージと言える。一つ目は「谷」を端的に強調した単一のグラフである。二つ目では二つのグラフが斜めにずらして併置され、さらに健康人との対比で十三もの対象物がグラフに付記されている。だが、森仮説を引用した研究・批評には、当該グラフを改変した文献が数多くみられる。比較的整理されたものとして、二種のグラフを重ね合わせ、事例も選別して付記した形がある。様々な改変例は、森仮説を概ね肯定的に捉え、より明快に示してはいるが、引用者自身の論点を効果的に補強するための改変という意図も見て取れる。 「不気味の谷」仮説に言及する代表的事例としては、ヒューマノイド・ロボット研究、およびコンピュータ・グラフィックス分野の研究が挙げられる。前者においては、「谷」を越えること、すなわち人間に近似させることを目指すアプローチがあり、また他方で、森の論考を含め、この現象を挙げることで、むしろ「谷」を回避したロボットの創造を推奨する哲学的考察もみられる。後者に関しては、「谷」に陥ったCG人物描画を含む映像作品が「失敗例」として挙げられる場合が多い。他方で、ロボット研究と同様、「谷」の回避を目的とした表現技法が創作現場で模索されている点も注目される。 以上の事例は、研究や創作において理論上の補強材料として「不気味の谷」仮説を引用するものであり、当該仮説の当否に深い疑義を差し挟む余地はみられない。しかし2000年代に入ると、「不気味の谷」のグラフをデータによって「実証的」に否定し、あるいは逆に立証することを試みる研究も出てきた。これら実証研究には、被験者への実験が映像呈示に基づく点、任意のCG静止画に限定される点など、データの取り方に問題がみられる一方で、fMRIによる「客観的」測定や、人間以外の動物への認知科学的アプローチなど、「不気味」をめぐる科学的探求の可能性を広げた成果も出てきている。 以上のとおり、研究の現状を整理した上で、「不気味」要因の評価に伴う問題点(測定法、視覚情報取得の主観性・文化的差異など)を指摘し、「不気味」という感覚がもたらされる要因を、人間(の表象)との関係で分類すること(近接型、混合型、内在型、外延型)を試みた。また、「不気味の谷」に関する引用や実証研究が増えた社会的背景(技術的進化、ネットによる情報伝播)を指摘し、森仮説の両義性やその影響力にも言及した。 |