第43回大会発表概要


題:アステカは本当に「敗北」したのか
― SNS(ソーシャルネットワークシステム)の光と陰


発表年月日:2012年09月29日

氏名:山本伸(四日市大学/沖縄国際大学)


 去年しばらく滞在したマレーシアでは、中学生の間でフェイスブックが大流行していた。何という目的もなく、毎日一、二時間は当たり前だという。あとで「フェイスブック中毒」という言葉を知った。
 日本でもネットを介した、直には見えない、聞こえない相手とのコミュニケーションが、離れていてもつながりが保てるという手軽さ、心地よさからか、拡張の一途である。また昨今の原発反対のデモの伝達手段などとして、威力を発揮している。だが、その一方で、失われつつあるもう一つの「見えない、聞こえない」コミュニケーションには、ますます目が向けられなくなっている。それは、われわれが日常的には行っていない、目には見えないコミュニケーション、すなわち神や死者、先祖とのコミュニケーションである。
 ブルガリアの思想家ツヴェタン・トドロフ(一九三九年〜)は、この手のコミュニケーションの重要性を指摘する。南米・アステカ文明がスペインによって滅ぼされた要因を、彼はコミュニケーションの違いだとする。つまり、アステカは神とのコミュニケーションを優先したがために、人同士のそれを優先したスペインに負けた、と。しかしまた、同時にその時点でスペインは大敗したとも意味深長に指摘する。他者がはたして本当に敵なのかという信託を神に問い、戦いを躊躇したアステカと、躊躇うことなく殺戮に徹したスペインを対比したとき、人類史という長い目で見れば、コミュニケーションの「生産性」という観点からして実質的な勝者はアステカだとしたのである。
 ハイチ系アメリカ人の女性作家エドウィージ・ダンティカもまた、トドロフのこの主張と同質のコミュニケーション概念を作品に反映させる。表層を俊敏に上滑りするだけの合理主義的コミュニケーションがいかに無機的で人間存在に無意味なものであるか、と。無機質な記号として記録された歴史の枠組みには到底収まりきらない、人間の生にまつわるあらゆる有機的な感覚や想いを補完する「記憶」が大事なのだ、と。
 人間のコミュニケーションを構成する三つの層―上から順に人同士の「見える、聞こえる」コミュニケーション、自然との「見えるが聞こえない」コミュニケーション、そして神や死者との「見えない、聞こえない」コミュニケーション―のうちの下二層こそが重要なのだとするトドロフやダンティカに対し、SNSが汲み取るのは最上位の、しかもごく一部である。そこには躊躇の感覚や感性の記憶という深層な部分はない。メールでの意思疎通のトラブルや、すぐに炎上するブログはその浅はかさの何よりの証拠だ。
 コミュニケーション手段の近代化を止めることはできない。しかし、使用する側の精神性の合理化を止めることはできる。近代化されればされるほど、「見えない、聞こえない」コミュニケーションの大切さに、われわれは自覚的でなくてはならないのである。




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