第51回大会発表概要


題:「円本」全集/宣伝講演映画大会―改造社のメデイア戦略 

発表年月日:2014年12月06日

氏名:庄司達也(東京成徳大学)


 大正15(1926)年10月に発表された改造社の『現代日本文学全集』の出版企画は、他に類を見ない、スケールの大きなものでした。全35冊、1冊につき500頁、明治から大正に至る日本近代文学史を網羅した内容、その宣伝文句には「図書館を家庭に」と謳われていました。
 この時とられた予約出版という方式は、事前に制作費を確保でき、あらかじめ発行部数を確定できる点で、出版社にとっては好都合のシステムでした。また、検閲が厳しくなってきた状況の中で、発禁処分を避けたい出版社にとっては、一度出された作品を再掲載するという安全策ということからも、好企画であったかと思われます。
 全国の新聞紙上への連日の広告掲載、文学者を多く動員しての「講演映画大会」の開催、それまでには見られなかったような派手な宣伝活動を展開したこともあり、改造社『現代日本文学全集』の予約者は30万人を超えました。そして、『現代日本文学全集』に続いて類似した企画が他社によっても続々と起ち上げられ、空前の出版ブームが到来し、出版界のみならず社会現象として昭和初頭の日本に一大センセーションが巻き起こりました。これが、「円本」ブームと呼ばれた社会現象なのです。
 このことは、他方で、物流システムや地方メディアの成長、資材の調達、予約出版に関わる情報の伝達など、各種のインフラが整備され、全国に一律に商品としての書籍を提供できるシステムが構築されていたことをも示しています。「円本」ブームは、これらの出版、印刷、流通のシステムの整備がある処まで進んでいたからこそ実現した企画でもありました。
 また、この「円本」ブームは、中産階級を中心としたインテリゲンチャとその予備軍にとどまらない新たな社会層をも巻き込んだ広範な層に歓迎された結果としての「ブーム」であったとも云えます。雑誌に載った記事の言葉に従えば、「労働者」や「プロ青年」、「貧青年」、「田舎に在る私」など、それまでとは異なった読者をもその購買者として取り込んだ処に、「円本」の成功があったと云えるでしょう。貧と富、地方と中央、さまざまな差異を無化する企画としてあったことで、時代と世間に受け入れられたのです。
 それ故に、とでも云えば良いのでしょうか、宣伝のために行われた講演会の様子は、我々がイメージするものとは随分と異なっていたのではないかと思われます。数千人が詰めかけた会場には必ずしもマイクなどの音響設備が整っているわけではなく、肉声で行われたであろう講演者の声が観客に届いていたかは、疑わしい処でもあるのです。観客は文学者たちが出演するメディア・イベントに物見遊山で参加したのだと云った方が、その実態には相応しいのかも知れません。山陰山陽に赴いた有島生馬などは、「少しも議論はない、唯の噺なので、反つて聴衆には受けがよかつたやうである。どうも芸術上の議論などは一般が聞いても面白くないのが当然らしい」と回想しています。
 しかしながら、「円本」ブームを語る際には、このような「負」の側面ばかりではなく、佐藤春夫などが語ったような、読者との距離を縮め、文学というものを身近にさせたという点に、その歴史的な意義を見出すことも肝要だと考えています。「円本」を購入した世代にとどまらぬ次世代、またその次の世代に対しての「知」の提供を、結果として行ったということもあります。これら「功」の部分にも注目することで、「円本」の真の歴史的意義が理解されるのだと云えるでしょう。




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